連合2019平和行動報告(沖縄・広島・長崎・根室)

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平和行動in沖縄 参加報告

王子マテリア労働組合  築地弘

去る6月23日、24日で「平和行動in沖縄」に参加してきました。

1日目は平和沖縄集会があり、第1部では他国地協定調査についての講演、第2部では平和式典がありました。

2日目はピースフィールドワーク、集会、デモ行進がありました。ピースフィールドワークでは糸数アブチラガマ、ひめゆりの塔資料館、魂魄の塔平和祈念公園を見学しました。各見学には連合沖縄青年委員会にガイドをしていただきました。

糸数アブチラガマでは洞窟の中を一人一人に懐中電灯を持って見学するのですが、暗く狭い通路もあり、息苦しい感じがしました。洞窟の奥の病棟跡ではたくさんの方が亡くなっていったそうです。そこで明かりを消して黙とうをしました。明かりを消すと本当に真っ暗で、薬などの物資がなく、ここでただ死を待つ負傷者がどんな気持ちでここにいたか、想像を絶し、また恐怖を感じました。

沖縄戦は軍人よりも住民の方が多数犠牲になっていて、当時の住民は、米軍の攻撃に加え、日本軍からは守ってもらえない、本土との差別があったとも伺いました。

私は沖縄といえば綺麗なところ、観光地としてのイメージを持っていましたが、実際には米軍基地の問題などがあり、現在でも不発弾が見つかることも珍しくないそうです。

最後に現地で体験することで、あらためて戦争の悲惨さ残酷さを知ることができ、平和への思い、ありがたみが強くなりました。

このような機会を与えていただき、ありがとうございました。

 

全労済労働組合関東支部栃木分会 星野巧生

今回の連合沖縄平和行動は、私にとって初めての沖縄訪問でした。沖縄平和行動のプログラムの中で聴いた講演や戦跡、資料を通して戦争の悲惨さを痛感するとともに、現在に至るまで残された様々な問題について深く考える大変貴重な経験となりました。

 日目の「平和オキナワ集会」では、基調講演として沖縄県知事公室基地対策課調査班長の島袋様より「他国地位協定調査について」のご講演をいただきました。ご講演では、日米地位協定と欧米諸国における米国との地位協定(NATO軍事協定)の資料や現地調査に基づく比較をご説明いただき、日米地位協定が他国の地位協定と比べて、「国内法の適応」や「基地の管理権・立ち入り権」、「訓練・演習への関与」などにおいて、いかに不利益であるかを感じました。

 日目の「ピースフィールドワーク」では、沖縄戦において戦禍に巻き込まれた戦跡や資料館に訪問しました。その中でも特に印象に残ったのがアブチラガマです。アブチラガマは、当時、日本軍や地元住民、ひめゆり学徒隊、負傷者などが避難していた洞窟で、全長270mの空間に1000人を超える人々が集まり、劣悪な環境や米軍の攻撃により多くの犠牲者がうまれました。実際に洞窟に入り、一斉に懐中電灯の明かりを消すと、被害に遭われた方々の息遣いが聞こえてくるようでした。

 これまではテレビや教科書で見聞きした沖縄戦しか知りませんでしたが、沖縄平和行動を通して改めて「戦争は二度としてはいけない」と感じました。この経験を生かし、次世代にも平和の輪が広がるよう伝えていきたいです。

 

 

平和行動in広島 参加報告

宇河地域協議会(ジェイ・バス労働組合) 古澤賢一

8/5~6の二日間にかけて、連合平和行動(広島)に参加させていただきました。私自身長崎の平和行動には参加させていただいた事は御座いましたが、広島訪問は修学旅行以来実に30数年振りの広島訪問となりました。

平和公園内30℃を越える猛暑の中でしたが、ピースウォークでは連合広島のガイドの方々の大変解り易い御説明を受け、原爆ドーム~平和式典会場迄の約1時間半の日程があっと言う間に過ぎ去りました。30数年振りの訪問ですが公園内のどの設備も綺麗に管理され色褪せる事無く残っている事に感激致しました。公園内では特に外国人の方々が大変多い事にビックリしたと同時に戦後70年経過した現在でも全世界で原爆に対する関心が大変高い事に驚かされました。

16:30~開催の『広島集会では』高校生平和大使によるスピーチがあり、核廃絶署名活動を行なう中で「微力だけど無力じゃない!」との言葉が、ずし~ん!と私の心に響きました。戦後70年が過ぎ戦争を知らない世代が殆どとなりました。戦争経験者が少なくなっていく中、戦争の悲惨さや原爆の恐ろしさをどう次世代に語り継いで行くのか?改めて大変重いテーマに直面し、考えさせられた二日間でした。

 

芳賀地域協議会(JP労組栃木東部支部) 千葉周

2019年夏、日本は平和です。しかし、74年前の8月6日午前8時15分。広島市上空、米軍の爆撃機エノラ・ゲイからリトルボーイ(原子爆弾)が投下され、熱線と爆風により約17万人の尊い命が奪われ、放射能に56万人が被爆したとされています。

2019年8月5日、連合栃木の仲間5人とともに「連合平和行動in広島」に参加しました。

ピース・ウォークとして広島平和記念公園内の慰霊碑を巡礼してまわり。慰霊碑の前では、連合の仲間から説明を受け、きのこ雲の下で起こった惨劇がどんなものであったかを垣間見ることができました。

皆さんはご存じだろうか。原爆ドームが元廣島県産業奨励館の残骸で、そこで働いた約120人も一瞬にして亡くなってしまったことを。被爆した女性教師が子どもを抱いて絶望的なまなざしで空を見上げている銅像の存在を。

酷暑の中で丁寧な説明をいただいた、「ピース・ウォーク」連合広島青年委員会の皆さんに、この場を借りて感謝申し上げます。

その後、上野学園ホールに移動し、「連合2019平和ヒロシマ集会」及び「2020年核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議に向けた平和シンポジウム」に参加しました。

集会では、広島の高校生で構成された第22代高校生平和大使がスイス・ジュネーブの国連欧州本部を訪問し、核兵器廃絶と平和な世界実現に向けアピールする取組が報告されました。そして、平和へのたすきは第23代高校生平和大使に託されました。

平和シンポジウムでは、NPT締結に向けた取組と核兵器廃絶1000万署名をスタートさせる事を確認しました。

連合平和行動in広島に参加して、核兵器がどれほど残酷であるかを思い知らされると共に、次の世代にこの惨劇を伝えていかなくてはならないと強く感じました。

安倍総理は唯一の被爆国でありなからNPTに署名していません。それどころか、帝国するアメリカに追従するためだけに、改憲して戦争のできる国にしようとしています。政治が自国の国民を幸福にすることも、不幸にすることも容易にできるのです。

日本を取り巻く環境は、北朝鮮の脅威や国家間の対立的は激化し、緊張は高まっています。しかし、歴史のあやまちからも軍備を拡張する事よりも、対話で解決する事しかしないことは、誰でもわかっています。

“微力だけれど、無力ではない”事を胸に、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、地道な活動を展開することとする。

 

下都賀地域協議会 原士郎

今回、初めての平和記念行動に参加させて頂き、非常に良い経験をさせて頂きました。

1日目は原爆ドームより平和記念公園を中心とした「ピース・ウォーク」に始まり、「連合2019平和ヒロシマ集会」「2019平和シンポジウム」「連合・原爆死没者慰霊式」と

タイトなスケジュールでしたが、各イベント毎に趣旨を変えて、平和への願いが強く伝わるものでした。

ピース・ウォークでは、連合広島青年・女性委員の若い人たちが、猛暑の中、熱心にガイドをしていただき、被爆地に住む人たちの平和への願いの強さに、感銘いたしました。

平和ヒロシマ集会では、国際労働組合総連合のアユーバ・ワパさんの「軍備を縮小しない限り、平和を構築することはありません。」との言葉が心に残りました。

その後、高校生平和大使の報告では、「スイスで横断幕や大声でのアピールが禁止されながらの署名活動を実施した際に、現地の若い女の子が飛び入りで参加してくれて非常に心強く嬉しかった。」との報告で、地道な活動でも世界に広く、次世代に繋げた活動ができれば良いなと感じました。

平和シンポジウムでは、2名のご公演の後、被爆者である箕牧さんより語られた、被爆当日の状況等生の経験談には胸を打たれました。

翌朝、小雨の中、広島市原爆死没者慰霊式は会場には入れませんでしたが、記念公園内のモニター観覧にて参加をし、松井広島市長の平和宣言において「被爆国として、条例への署名・批准を求める…」との言葉に、同じ思いを抱きました。

今回の平和行動は、2020核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議に向けた1000万人署名のキックオフでもあり、連合の一員として自分の出来る所で出来るだけの協力をして行きたいと思いました。

 

下都賀地域協議会 古山辰志

今回、初めて平和行動in広島に参加させて頂き、良い経験をさせてもらった事に感謝しています。ピース・ウォークでは、広島平和記念公園内の各モニュメント等を巡りながらボランティアの方々から熱心な説明をしていただきました。その後の集会及びシンポジウムでは、若者からのメッセージ、被害者からの訴えを聴講させていただきました。1945年原爆投下の日、目もくらむ閃光を放ち、爆風や光線などにより建物が破壊・焼き尽くされてしまった当時の様子、被爆による後遺症に苦しむ人々がいることを肌で感じる貴重な機会になったと感じています。また、こうした被害が、2世・3世と長年にわたり人々を苦しめている現実や、今なお進化する核開発、そして核実験が行われている現実を再認識する機会にもなったと思います。

戦争体験者が高齢化(平均年齢82歳)する中、私達は核兵器の恐ろしさ、戦争の悲惨さを次世代に語り継いでいかなければなりません。何世代と続く未来の子供達の為に、同じ過ちを二度と起こさないためにも、このような平和行動が今後も広がっていくことを切に願っています。

 

 

平和行動in長崎 参加報告

女性委員会(栃木ダイハツ労働組合) 篠原裕子

“祈りの光天高く”

8月9日は米国による原爆投下から74回目の原爆の日を迎えた。

7万とも言われる貴い命が一瞬に奪われ夢や未来が失われ、未だ14万人余りの方々が後遺症に悩まされ、被爆者の平均年齢は82.65歳と高齢化している。

原爆犠牲者慰霊平和祈念式典では、原子雲の下で起きた出来事を自らの心と体に刻み、非核特使でもあり被爆者代表の山脇さんはこれからも被爆者の言葉と共に生き、再び過ちを繰り返さないために、世界の人たちにも伝わるようにと、60歳から英語を独学で習得しそして真意を世界に訴えた

Please lend us your strength to eliminate

nuclear weapons from the face of the earth

and make sure that Nagasaki is the last

place on Earth to suffer an atomic bombing

訳: この世界から核兵器を廃絶し、長崎を最後の被爆地とするために皆さんの力を貸してください。

真意を世界に伝えるための努力、たくさんの犠牲者を忘れないための訴え、次世代へ伝えること、二度とおきてはならないと、そして核兵器が確実に廃絶する事、私も同じ思いです。この場で広めたい。

あふれんばかりの会場からの拍手、ご高齢にもかかわらずとても力強く心を打たれました。

そして、左前方に座る阿部晋三首相に諭すように「米国に追従する事なく、核兵器に関する全ての分野で核廃絶の毅然とした態度で示してください」との訴え、深く刻みこまれとても印象に残りました。

式典では原爆が投下された11時2分に黙祷が捧げられた。

ただでさえ暑い夏、地上表面温度は原爆直下3000度から4000度にも達したといわれる想像のつかない熱さ、どれだけ熱かったのか、どれだけ水が欲しかったか、胸がつまる思いです。

証言の力は心に届き、核廃絶の大切さは届くと信じたい。

祈りの光が天高くまで届きますように

平和を願い犠牲になられたたくさんの方々が安らかでありますようにと万灯流しはなかなかできない体験をさせて頂きました。

ありがとうございました。

連合長崎の皆様、関係者の皆様冷たいおしぼり、冷たい水、冷却剤ありがとうございました。

そして大変お疲れ様でした。

 

女性委員会(MEMC労働組合) 井田治美

2019年8月8日から10日の3日間、連合平和行動in長崎に参加しました。

4年前に一度同じ平和行動に参加させていただいたので2回目の参加でしたが、4年が経って知らないうちに、私の中の平和への気持ちが風化してしまっていることに気づかされた3日間となりました。

最初に参加した「2019ナガサキ集会・2019平和シンポジウム」。爆心地から500mの場所で被爆された体験者の方が涙をこらえて当時のことを詳しくお話してくれたことは非常に印象的でした。4年間で私の中で薄れてしまっていた平和の大切さを思い出した瞬間でした。「あの時こうしていたら」「あの時ああだったら」と今になったら思うことも多々あるとのことでしたが、その時の記憶がないくらいの極限状態だったというお話に心が苦しくなりました。

8月9日に行われた長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典。『献水』という言葉を初めて知りました。水を求めて歩き回ったという被爆者の言葉が思い出され、献水の意味を思うとつらい気持ちになりました。

また今回、連合栃木女性委員会・青年委員会で千羽鶴を奉納してきました。春頃から準備していた千羽鶴ですが、無事奉納ができ、私たちの平和への祈りが少しでも届いたらと思います。

改めて、今回平和の大切さを考える機会となった平和行動ですが、前回参加した時と同じように少しずつ私の気持ちが薄れないよう、日々当たり前に不自由無く生活できていることに感謝しようと思いました。

 

青年委員会(SUBARU労働組合) 濱田圭佑

1945年8月9日に長崎上空で原子爆弾が爆発してから74年の年月が経過しました。

約3400人が参加した連合平和ナガサキ集会では、被爆者である奥村アヤ子さん(82歳)の「その朝まで元気だった家族、一緒に遊んでいた友達が目の前から消えてしまいました。何十年たっても消えることのない苦しみと悲しみを生み出す核兵器は地球上にはいらないのです」という言葉を聞き、私たちが普段生活している環境では体験することが出来ない言葉に表せない悲しみがありました。しかし、終戦から74年が経過し、実際に被爆した人が年々減少している中で若い世代が何を後世に伝えていくことが出来るのかを考えさせられました。私の曽祖父も長崎の造船所で技師として働いていた際に、戦艦の甲板上で被爆しました。幸いにも、震源地から少し離れていたことで生き残ることが出来ましたが、光を感じた瞬間に皮膚が焼けてしまったそうです。当時の環境は悪く、皮膚が膿んだりしたのを、濡れタオルでふき取っていたそうです。今回、長崎の平和行動に参加させて頂き、実際に被爆を経験した人からの実体験に基づいた訴えを聞く機会を頂きありがとうございました。唯一の被爆国として、次世代に戦争の悲惨さや命の大切さを伝えていきたいと考えています。そして、酷暑の中準備・運営をして頂いた連合長崎の役員の皆様、関係者の皆様、ありがとうございました。

 

青年委員会(古河電気工業労働組合日光支部) 小倉弘哲

今回、連合平和行動IN長崎へはじめて参加させていただきました。

8月8日長崎に着いて最初の式典である「連合2019平和ナガサキ集会」では、被爆者の訴えで長崎平和推進協会 継承部会 奥村アヤ子さんより、原爆が投下された当時のお話を受け、実際に被爆された方からお話しが聞ける貴重な体験はいつか不可能になることは明らかで、今後どういう風に語り継いでいくのかが課題になっていくのかなと感じました。資料館等により情報を手に入れる事は可能ですが一番心に響き、心に残るのは当時の事を知る方から話を聞く事です。また、語り継がれて聞く話と当事者から聞く話しでは重みが違うと思うので、より多くの方々に当時の話を聞いていただきたいと思います。

ピースウォークでは、原爆投下中心地公園に集まり、平和公園と原爆投下中心地公園にある8か所の碑や遺跡を巡りました。その中でも、被爆当時の地層を拝見して、食器や衣類などの日用生活品が地層に埋まっているのを見て、原爆の凄まじい破壊力を思い知らされました。

平和行動の最後の行事「万灯流し」を行う為、長崎市営陸上競技場に集まり、参加者一人一人が灯ろうに平和に対する思いを書き、浦上川に流しました。

核兵器廃絶と恒久平和の実現に向け、ユース代表団や高校生平和大使の方々が一生懸命働きかけているという事を今回の平和行動参加者に留まらず、より多くの人々に知れ渡ると良いなと思いました。

最後に、連合長崎の青年委員会・女性委員会の方々には猛暑の中、熱中症予防に万全にしていただきありがとうございました。

 

 

平和行動in根室 参加報告

 

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